世界中の「顔認証でログイン」が使う署名(P-256)と、2029 年度に登場する次期マイナンバーカードの署名(P-384)。Cardano は、どちらもオンチェーンで検証できない。提案すら存在しない。これはその一点だけを記した、持ち運び用のメモである。
Cardano には、パスキーと公的 ID が実際に使う署名方式を検証する能力がない。技術的に不可能なのではなく、追加する提案が一件も書かれていない。
この一枚は、事業計画ではない。開発者に渡すため、あるいは CPS/CIP の種にするための、事実だけを固めた問題提起にあたる。
Plutus(Cardano のスマートコントラクト)が、オンチェーンで検証できる署名方式は、2026 年 7 月時点で次のとおり。
| 署名方式 | Cardano で検証 | 根拠 |
|---|---|---|
| Ed25519 | できる | 標準のトランザクション署名 |
| ECDSA / Schnorr(secp256k1) | できる | CIP-49(Active)。Valentine で追加。Bitcoin/Ethereum 互換のため |
| BLS12-381 ペアリング | できる | CIP-381(Active)。Chang で有効化。ZK 検証に使う |
| RSA(べき剰余) | できる | CIP-109 の exp_mod_integer。2026-07-18 の Van Rossem で有効化 |
| ECDSA(P-256 / secp256r1) | できない | ビルトインなし。提案なし |
| ECDSA(P-384 / secp384r1) | できない | ビルトインなし。提案なし |
確「提案なし」は空想ではない。cardano-foundation/CIPs、IntersectMBO/plutus、cardano-ledger の三つのリポジトリを検索し、secp256r1・WebAuthn・passkey のいずれもヒット 0 件だった。未ただしこれは Issue/PR の本文までの検索で、Discord やフォーラムのコメント内までは追えていない。「主要な一次ソースを探した範囲で見つからない」が正確な言い方にあたる。
電子署名
├─ RSA ─────────── 現行マイナンバーカード … CIP-109 で対応済み(7/18〜)
└─ 楕円曲線
├─ Ed25519 ─── Cardano の標準署名 … 対応済み
└─ ECDSA
├─ secp256k1 ─ Bitcoin / Ethereum … CIP-49 で対応済み
├─ P-256 ───── パスキー・WebAuthn … ★ 穴
└─ P-384 ───── 次期マイナンバーカード … ★ 穴まとめて「P 曲線が無い」と言えるが、P-256 と P-384 は、必要とされる理由が別である。ここを混ぜると論拠が弱くなる。分けて書く。
確Face ID/Touch ID、Apple Secure Enclave、Android Keystore、YubiKey、WebAuthn ―― 現代の「生体認証でログイン」は、ほぼ全て P-256 を使う。パスキーをそのままウォレットの操作資格にしたければ、これを検証できる必要がある。需要は今、そこにある。
確デジタル庁「次期個人番号カードタスクフォース 最終とりまとめ(案)」(2024-03-18)は、公開鍵暗号方式を ECDSA 384、ハッシュを SHA-384 とする。提供目標は 2029 年度。現行の RSA から移る。需要は、期限付きで将来にある。
P-256 は「競争の穴」―― 他のチェーンはみな持っていて、Cardano だけが持っていない(次節)。P-384 は「期限の穴」―― 他もほとんど持っていないが、日本の公的 ID が 2029 年に必要とする。片方は横並びの遅れ、もう片方は締め切りのある要件。どちらも埋める理由になるが、理由が違う。
P-256 については、Cardano は明確に出遅れている。主要チェーンは実装済みである。
| チェーン | P-256 検証 | 詳細 |
|---|---|---|
| Ethereum L1 | あり | EIP-7951(Final)。2025-12-03 の Fusaka で有効化。6,900 gas |
| Ethereum L2 | あり | RIP-7212(Final)。Polygon(2024-04)、Optimism/Base、Arbitrum。3,450 gas |
| Solana | あり | 未secp256r1 検証の提案・対応が進む(有効化時期は要確認) |
| Cardano | なし | ビルトインも提案も無い |
確Coinbase Smart Wallet をはじめ、パスキーをアカウントの署名者にするウォレットは、これらのプリコンパイルを使って本番稼働している。推したがって P-256 については、「新機能を足してくれ」ではなく「他が全部持っているものが無い」という形で提案できる。反対しにくい論拠にあたる。
確なお gas 値は Ethereum の指標であり、Cardano は費用モデル(CPU/メモリのユニット)が異なる。Cardano での実行コストは別途見積もりが要る。ここは Ethereum の数字を流用できない。
正直に書く。P-384 は、他のチェーンもほとんど持っていない。各チェーンのプリコンパイルは、パスキー需要に応えた P-256 が中心である。だから P-384 を「横並びに追いつく」とは言えない。P-384 の論拠は競争ではなく、2029 年という日本固有の期限の一点にある。そこを取り違えないこと。
署名方式を後から足す道は、既に踏まれている。CIP-49 がそれである。
Ed25519 だけだった ↓ CIP-49 を提案 secp256k1 の ECDSA / Schnorr を追加 ↓ 安全性と実装コストを検証 Plutus のビルトイン関数として実装 ↓ Valentine ハードフォークで有効化 Bitcoin / Ethereum の署名を、Cardano で検証できるように
確CIP-49 が通ったのは、Bitcoin・Ethereum との相互運用という明確な需要があったからである(公式ドキュメントもそう説明している)。P 曲線も構図は同じ ―― パスキーと公的 ID との相互運用という需要に対して、同じ道を辿ることになる。
推実装の形(P-256 と P-384 を一つの CIP にまとめるか、パスキー向けの P-256 を先に、次期カード向けの P-384 を後に段階化するか)は、CIP の著者が決める領域にあたる。両者は同じ NIST の素体曲線族なので、共通の枠組みで扱える見込みはあるが、コストと安全性の審査は別に要る。
いきなり CIP(解決策の提案)を書くより、先に CPS(Cardano Problem Statement =問題提起)を置くのが順序として正しい可能性が高い。
確現在 CPS は 21 件あり(0003〜0032)、鍵管理・復旧・認証・署名方式を主題とするものは一件も無い。最も近いのは CPS-0010(Wallet Connectors)にとどまる。推つまり「Cardano は、消費者認証と公的 ID が使う署名方式を検証できない」という問題そのものが、まだ公式に文書化されていない。問題が定義されていなければ、解決策の優先順位も上がらない。CPS は実装が無くても書ける。
確これは CIP-38 の教訓とも一致する。あの提案は「実物のない仕様書」だけが議論の場に置かれて、後継(CIP-112)に道を譲った。問題を先に共有し、実装や実測を添えて進めるほうが通りやすい。
この一枚を強く保つために、弱いところを自分で書いておく。
Cardano に P-256 と P-384 の検証を足すことは、製品でも事業でもなく、基盤の穴を埋める作業にあたる。競争が発生せず、埋めれば全員が使える。そして P-384 には、2029 年という動かせない期限がある。
まず確かめること ―― 既に誰か動いていないか。次にやること ―― CPS を一本、期限を添えて書く。